小説 ~ 夏の水の半魚人 ~




夏の水の半魚人(なつのみずのはんぎょじん)
著者名:前田司郎(まえだ しろう)
出版社:扶桑社(新潮社)
発売日:2009/2(2013/5)
ジャンル:ヒューマン





「夏の水の半魚人」は小学校5年生の男子目線で描いた、たまに喧嘩してしまう友達、秘密を知ってしまった転校生、お母さんへの印象の変化、そんな少年時代のひと時に焦点を当てた小説です。

著者の前田司郎さんは東京都出身の作家で、戯曲「生きてるものはいないのか」や映画「横道世之介」をはじめとして、小説だけでなく劇作家や映画の脚本と幅広く活躍されています。

本作品は2009年に三島由紀夫賞を受賞しています。



あらすじ

小学5年生の魚彦、彼のちょっと変わった名前をつけたのはお母さんです。お母さんが小学生のときにイケスで育てていたお気に入りのハマチの名前からつけました。5年生になって、ようやく魚彦自身も自分のお母さんが軽く狂っていることにわかってきました。

魚彦には1年生から同じクラスで仲のいい友達の今田がいます。今田は医者の息子で、いろいろなことを知っています。おかっぱでエロいです。今田は車椅子を利用していて、魚彦は今田の車椅子の運転が1番上手いと自負しています。

また、魚彦には一人気になる同級生の米田海子がいます。海子は今年転校してきた子です。海子のお父さんの米田さんは魚彦のお父さんの会社で働いています。魚彦のお父さんの会社は愛知県の蒲郡にもあり、夏になると魚彦は蒲郡へと遊びに行きます。海子は背が大きくて二重で長い黒髪が魅力的な女の子です。

魚彦が海子のことを気になりだしたのは、課外授業がきっかけでした。品川区にある森へと課外授業に出かけた魚彦たち、課題をすぐに終えた魚彦は他の生徒の声が聞こえなくなるくらい森の奥まで独り歩いていきました。

気づけば物凄く遠くまで来てしまったのではないかと不安になる魚彦、大声で泣き出したくなる気持ちと、そんなことをしても無駄だという気持ちを抱えながら、魚彦は目を閉じて耳を澄ましました。

すると、魚彦は森の中にいるにもかかわらず、海の中のように思えました。森の音の向こうに海の音が聞こえたのです。波の音とも異なり、海中で転がる石や砂の音とも違いましたが、とにかく海の音だと魚彦には感じたのです。

海の音が聞こえたほうに急いで向かう魚彦、木の向こう側、1㎡ほどの空き地にしゃがんでいた一人の生徒からその音が聞こえていました。その生徒とは海子でした。

海子は魚彦が近づいてくる足音に気づいていたのか、体を捻って彼のほうを見ていました。スカートを腰の辺りまでたくしあげ、お尻を出した格好で。

海子の足の周りには水溜りができていました。枯葉が浮いていて、水が水溜りを打つ音が聞こえます。海子は警戒した表情から、徐々に悲しげな表情へと変わっていったように魚彦には見えました。魚彦はおしっこをしている海子を長いこと眺めていました__



感想


小学5年生の男子生徒の目線から語られる些細な日常を描いた作品です。青春のすべてをそそぎ込むほど熱中してしまう趣味やスポーツ、恋愛を描いているわけではなく、人生の大きな転機となる事件が発生するわけでもありません。

教室内のヒーローになる瞬間があったり、友達と大喧嘩して気まずくなったり、思春期が迫っていて少し背伸びした考え方をしてみたり、大人の目線から見てしまえば取るに足らない出来事なのかもしれませんが、人生経験の浅い小学生特有の葛藤や考え方が描かれているように思えます(主人公が老成していると感じる場面も多少散見されますが)。

小説であれば物語に何かしらの結末を与えてくれたほうが読後感はスッキリするのは間違いありません。しかし、本作品にかんしては、顛末のわからない事柄がいくつかあることが逆に良い印象を与えているように思います。小学生ながらに不安だったり、冷静でいられなかったりすることは誰にでもあったのではないでしょうか。そして、それらすべてがきれいにさっぱりと解決したのか、そうではないと私は考えています。生活していく中で、いつの間にか忘れていたり、解決していたりすることもあったと思います。本作品のそういったフワフワとしている部分は好印象でした。

また、文庫版の解説を町田康さんが担当していて、解説も読んでいておもしろかったです。解説内で、町田さんが、子供→青年→おっさん、と普通は変化するところを、自身が子供からいきなりおっさんになってしまったと表現していました。この小説は子供からいきなりおっさんになってしまった人のほうが楽しめるのかもしれないと、思いました。



「へー、埼玉ってどこ?」

「お前埼玉知らないの?東京の横にあるやつだよ、丸い形の県」

「県庁所在地は?」

「池袋」

「海ある?」

「ない」



(P.172)



 

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