小説 ~ 地下室の手記 ~




地下室の手記(ちかしつのしゅき)
原題:Записки из подполья
著者名:フョードル・ドストエフスキー(Фёдор Mихáйлович Достоéвский)
訳者:江川卓(えがわ たく)
出版社:新潮社
発売日:1969/12 (原題発表 1864)
ジャンル:ヒューマン





「地下室の手記」は、社会と距離を置き、地下室を中心とした限られた世界で何者にもなれなかった男、その彼が世界と自身のことを語る小説です。

著者のフョードル・ドストエフスキーさんはロシア出身で、他の著書に「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」があります。

訳者の江川卓さんは東京都出身、翻訳家としてだけではなく、NHKのロシア語講座の講師としても著名な方です。



あらすじ

病んでいて意地が悪く、人付き合いが苦手、そう自称する無職の男がいます。彼は20年以上、社会と距離を置いています。それ以前は、人に邪険にあたることで自身の溜飲を下げる意地悪な役人をしていました。

彼は自身の醜悪さを自身の中で認識していました。同時に、そういう自身の羞恥さに悩んでもいました。遠縁の親戚から6,000ルーブリの遺産を授かったことで、ペテルブルグの市のはずれにある自身の部屋に篭城を決め込みました。

賢い人間が本気で何者かになることなどできはなしない、活動家はどちらかといえば愚鈍な存在であるべき、何者にもなれなかった自身を慰めるような自論を主張しつつ、彼の考えていることが彼という存在を通して語られます__



感想


卑屈で自意識過剰なコミュ障、陰キャを、何者にもなれなかった誰かとして痛切に描いた作品です。100年以上前の作品ですが、時代を問わず通じる社会と人の歪んだ関係が描かれています。

前半は主人公の社会に対する含意や願意が延々と語られるために読み進めにくいです。後半は主人公の経験が語られるために読みやすいです。

主人公の傲慢な部分、独尊的な考え方に客観的に辟易する一方で、どこか私自身にもあてはまることがあるのかといたたまれなく部分もあり、決して楽しい作品ではありません。しかし、絶望感を抱きながら臆病さと向き合い、孤独を選択し精神の均衡を保とうとする主人公には奇妙な魅力があります。決して、彼の顛末に興味があるわけではないのですが。

彼の選択によって得られたもの、失われたものが色々描かれていますが、希望に裏切られるよりも絶望と向き合ったほうが楽だという悲劇性が、何とも言えない高揚感を生み出します。








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