小説 ~ 春の庭 ~




春の庭(はるのにわ)
著者名:柴崎友香(しばさき ともか)
出版社:文藝春秋
発売日:2014/7(2017/4)
ジャンル:ヒューマン





「春の庭」は取り壊しが決まっているアパートの住人たちと、近所にある水色の家との交流を描いた作品です。

著者の柴崎友香さんは大阪府出身の作家で、他の著書に、行定勲さん監督、妻夫木聡さん主演で映画化された「きょうのできごと」や、濱口竜介さん監督、東出昌大さん主演で映画化された「寝ても覚めても」等があります。

本作品は2014年に芥川賞を受賞しています。

本作品の文庫版には表題作の他に、「糸」、「見えない」、「出かける準備」の計4編の短編作品が収録されています。



あらすじ

5月のある日の午後2時、上から見て“「”の形のアパートの1階の出っ張った部屋に住んでいる太郎は、2階の端の部屋のベランダにいる女性の姿を目にします。

最初は中庭の向こうにある大家の家をその女性が見ているのかと思ったのですが、よくよく観察してみると、彼女は大家の家の隣にある水色の家を見ているようです。

黒縁めがねをかけたその女性は2月に引っ越してきました。何度か目にしたことがあり、太郎はその女性を30歳過ぎくらい、自分と同じか少し歳下だと見繕っていました。

その女性はベランダの手すりにスケッチブックを用意しています。彼女は太郎と目があうと、そのままスケッチブックごと、サッシの奥に隠れていきました。


太郎が住んでいるアパート「ビューパレス サエキⅢ」には部屋番号がありません。代わりに干支が部屋名に割り振られています。太郎のいる1階の部屋から順に、亥、戌、酉、申、そして、2階から順に未、午、巳、辰です。太郎が前に見かけた女性は「辰」の部屋に住んでいます。

アパートの住人は4人です。築31年のアパートは取り壊しが決まっています。太郎は3年前に引っ越してきて長らく住んできましたが、それも来年の7月までです。

太郎は3年前に離婚しています。離婚した女性とは3年間一緒に暮らしていました。


ある水曜の夜、仕事から帰宅した太郎はアパートの外階段で「巳」の部屋に住む通称「巳」さんと出会います。「巳」さんは太郎に対して、鍵を落としていないか尋ねてきます。それは太郎の勤め先の事務所の鍵でした。太郎はお礼を言って、鞄に入っていたままかりの味醂干しを「巳」さんにあげます。その魚の干物は出張帰りの同僚の沼津からもらったものでした。沼津は先月に結婚して、相手は釧路の人です。


金曜の朝、出社しようとする太郎は偶然「辰」部屋の女性が前を歩いていくのを目撃し、興味本位で着いていきます。女性は例の水色の家を通るようにして周囲を1週して、またアパートに戻ってきました。水色の家のガラス板の表札には「森尾」と掲げられていました__



感想


とあるアパートと近所の水色の家を巡る日常を切り取った小説です。物語としての起承転結の波は穏やかであり、運命的な出会いや重大な事件といった出来事が起こるわけではありません。

過去に携わった人との思い出、影響を受けた人々とのやり取り、食べ物の好みや居住地への愛着、穏やかな日常の中での移ろいが心地よく感じられました。

淡々と流れていく中でも、水色の家や少し変わった人、突然と登場してくる語り部と、ところどころインパクトを与える点があったことが良かったと思います。

読後の直後に余韻が残る一方で、特別なことがないために、数年後にこの作品を覚えているかに関しては少し怪しいです。実際に同時に収録されている他の3編に関してはすでに話の内容が曖昧です。決してつまらない話ではないのですが。







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