小説 ~ 王妃の離婚 ~




王妃の離婚(おうひのりこん)
著者名:佐藤賢一(さとう けんいち)
出版社:集英社
発売日:1999/2(2002/5)
ジャンル:歴史、法廷





「王妃の離婚」は中世後期のフランスにおける、国王と王妃の離婚裁判を扱った歴史小説です。過去に将来を期待されていたが、今となってはうだつが上がらない弁護士が、皮肉な運命か、裁判で圧倒的不利な状況に追い込まれた王妃の弁護を引き受ける法廷サスペンス小説です。

著者の佐藤賢一さんは山形県出身の作家で、「ジャガーになった男」をはじめとする多数の小説のほかに、フランスの歴史に関するノンフィクションや、「傭兵ピエール」といった漫画の原作といった数多くの作品があります。

本作品は1999年に直木賞を受賞しています。


あらすじ

1478年、セーヌ河の左岸に広がる「カルチェ・ラタン(ラテン語の街)」と呼ばれるパリの学生街、パリ大学の27歳の学生であるフランソワ・べトゥーラスは、同棲して2年となる16歳のベリンダに、“結婚しよう”と伝えました。

フランソワは生まれ故郷であるブルターニュで神童と呼ばれ、13歳にして托鉢修道士となり、パリ遊学から奨学金を得て、パリ大学の学生として研究に携わっていました。ベリンダはスコットランド系の貴族、カニンガム家の娘でした。

そんなフランソワの口から出た言葉、ベリンダもフランソワのことを想っていましたが、フランソワが僧侶である限り二人は結婚できません。

それでも二人がお互いを想う気持ちは確かにありました。最近は喧嘩ばかりの二人でしたが、結局は肌を合わせずには済まない関係でした__



時が流れ、フランソワはかつての輝かしい青春とは裏腹に、パリ大学を中途退学し、地元でしがない田舎の弁護士となっていました。

フランソワ47歳の夏、トゥールの街で世間が注目する裁判が開始しようとしていました。フランソワは仕事の名目でその裁判を見物します。

その裁判の原告はフランス王ルイ十二世、被告はこの国の王妃ジャンヌ・ドゥ・フランスです。訴訟内容は離婚(※カトリック教義上は離婚というものはないため、正確には結婚の無効らしい)に関してです。美男子と世間から称されるルイ十二世が切り出した要求は、世間で醜女(しこめ)と称されるジャンヌ王妃に離婚を求めるものでした。

夫婦の営みが曝け出される離婚の審理の場に王妃が現れること自体が本来はありえない出来事です。そして、フランソワが裁判の傍聴に来たのは単にその裁判に興味があったからではありません。それは彼のささやかな復讐でした。

将来を嘱望されたパリ大学時代、フランソワは当時の暴君ルイ十一世に命を狙われる形で、パリ大学から逃げ出していたのです。彼にとってそれがどれほど辛く苦しい出来事だったか、その痛みを彼は、今は亡きルイ十一世の娘であるジャンヌ王妃の醜態を目にすることで緩和しようとしていたのです。


教会が裁判所の役割を果たしていました。そこに被告としてジャンヌ王妃が現れます。

相手は国王、内容は離婚裁判、検事が挙げる諸点について、屈辱に耐えながら証言台で「クレド(はい)」と答え続ける暴君の娘の醜態が見たい、フランソワはそう考えていました。


しかし、そんな考え事をしていたフランソワの耳に証言台から「ノン・クレド」と、聞き間違いかと思う言葉が飛び込んできました。

その後も続く「ノン・クレド」の明確な言葉、ジャンヌ王妃は徹底抗戦の意思をその場で示したのです。予想外の展開に法廷は騒然となります。

圧倒的な不利な立場にいるはずのジャンヌ王妃、彼女が国王の申し立てを否定したのです。そして、この出来事がフランソワにも思わぬ影響を与えます。皮肉な運命が、フランソワに過去の誇りと愛を思い出させるようです__



感想


中世のヨーロッパでの王族の離婚裁判の模様を描いたリーガル・サスペンス作品です。

その歴史や文化や宗教、慣習への理解が浅いために、読みやすいというわけではありませんでしたが、簡単な説明や主人公の見解も丁寧に描かれているため、決して読みづらい作品というわけではありません。

むしろ、片田舎でくすぶっている主人公、お調子者の後輩、中身が伴わない王様、かつての敵が味方になる、といった、いい意味で典型的な登場人物が、堅苦しい宗教や裁判の雰囲気を中和しているように思います。

裁判の内容も、離婚裁判と俗物的な内容であるために、高尚な話題だけでなく、むしろ大衆が迎合する下世話な話もあり、それすらも利用する主人公の活劇は見ごたえがありました。読書前の予想よりもエンタメ性が高くおもしろい作品でした。



女にとって沈黙は、どうやら思考のために費やされるべき代価でなく、
直ちに取り戻されるべき損失であるようだった。




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