小説 ~ 農協月へ行く ~




農協月へ行く(のうきょうつきへいく)
著者名:筒井康隆(つつい やすたか)
出版社:KADOKAWA
発売日:1979/5
ジャンル:ヒューマン





「農協月へ行く」は成金男性を中心とした傍若無人の農協団体が月へ旅行に向かう様子を描く表題作を含む、社会の風刺や人の悪漢(ピカロ)な面を描く短編集です。

著者の筒井康隆さんは大阪府出身の作家で、他の著書に、1999年に読売文学賞を受賞した「わたしのグランパ」や、「時をかける少女」、「旅のラゴス」等があります。

本作品には表題作の他に、「日本以外全部沈没」、「経理課長の放送」、「信仰性遅感症」、「自殺悲願」、「ホルモン」、「村井長庵」の計7編の短編作品が収録されています。



あらすじ

海外製のダブルベッドに錦紗のカーペットが装飾された寝室にガウン姿の一人の男、金造(きんぞう)、彼は農民の団体で働き、土地転がしで成功した成金です。

二十畳程の洋間には豪奢なシャンデリアやピアノ、ステレオといった調度品が輝いています。部屋の隅には金造の母親用に畳が2枚並べられ、櫓炬燵で金蔵の母親が暖をとっています。本棚には仕掛けが隠してあり、その裏には成金らしく、純金の握りと「金」の文字が掘り込んである鍬や鋤といった農具が揃えられています。

朝食中の話題の中心は性と金と見栄が交錯する近所の噂話です。誰かが夜這いしただとか、北新地で女遊びをしたとか、広大な屋敷で高尚な調度品に囲まれながら、下世話な会話を繰り広げています。

その話題は金造が所属する農協の来月予定している旅行の話となりました。すでに他の農協が600万円かけて世界一周旅行をして評判になっているということで、こちらも負けていられないという話になっています。

そこで、金造が考えたのは一人頭6千万円かけての月への旅行でした。



ヒステリックな女性旅行評論家を罵倒しながら月旅行から帰還した操縦士の浜口(はまぐち)、神経を擦り減らす宇宙旅行の操縦士として4度目のフライトを終えたようですが、すでに過労と特殊な環境下での心労でヒステリックでノイローゼな精神状態です。

浜口の唯一の味方は副操縦士の免状も持つ、スチュワデスの規子(のりこ)です。浜口と乗客のいざこざを止めたり、浜口を慰めたりするのに奮闘しています。

ついには精神状態が限界を迎えた浜口と、彼をサポートする規子は、医者と一緒に観光部長に休暇を願い出ます。

しかし、観光部長はあと1回だけ旅行に行ってくれないかと強制的に命じます。浜口がどんな不適格な態度を示そうとも、医者がどんなに補足説明しても、聞く耳を持ちません。

規子が次のフライトの詳細を尋ねます。また気ちがいじみた人たち、たとえば、女流評論家とか、衆議院議員とか、週刊誌の記者とか、テレビの人とか、SF作家といった人種がいることを懸念しています。

部長からの返答はそれらのどの人種でもありませんでした。次の乗客は農協の人たちだと二人に伝えられます。

規子は泣きじゃくりながら反抗の答弁を部長に向けます。浜口はトワイライト・ステートだったり、幼児退行だったり、ヒステリー性失声症(アフォニヤ)だったり、様々な精神障害の行為を示します。

観光部長は、無知な大衆の暴力を恐れ、科学の発展のためには理解してくれと言うだけです。


そうして、観光部長からは従順で知性があると言われている、農協に所属する13人の農協団体を客とした月への旅行が決行されました__



感想


社会の不条理、不遜な悪漢、集団間の虚栄や嫉妬、職場での人権、それらを喜劇のように描いたブラックユーモア満載の短編集です。

悪漢の無茶苦茶で傍若無人な立ち回りには、登場人物だけでなく、読者も青息吐息になりそうです。しかし、その滑稽な台詞や展開が可笑しくて次へ次へと読み進めてしまいます。

しつこいですが、度を過ぎたと感じる偏見や悪辣、権利の侵害に不安を覚える場面もあります。「村井長庵」はどうしてこんなにも爽快感と程遠い作品を短編集の最後に収録したのだろうかと感じます。しかし、笑える部分は結局、笑ってしまいます。

SF部分(フィクション要素)が大きい作品のほうが、リアリティが過ぎる人物や社会の嫌悪感を中和してくれる分、読みやすい作品になっているように思います。よって、表題作の「農協月へ行く」と「日本以外全部沈没」の前半の二編が好きです。

その農協というのは、まさか例の、悪名高い日本の農協のことではないでしょうな




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