小説 ~ 外套 ~




外套(がいとう)
原題:Шинель(The Overcoat)
著者名:ニコライ・ゴーゴリ(Николай Гоголь)
訳者:平井肇(ひらい はじめ)
出版社:岩波書店
発売日:1842(2006/2)
ジャンル:ヒューマン





「外套」は文書係として勤務する一人の下級官史の外套を巡る短編小説です。誠実な仕事ぶりの一方で、うだつが上がらずに周囲から嘲笑されている男性、彼がペテルブルグの冬の寒空の下で、使い古しの外套に修繕が必要なことに気づいたことから生じる物語です。

著者のニコライ・ゴーゴリさんはウクライナ生まれのロシア帝国出身の作家であり、他の作品に未完の「死せる魂」といった作品があります。

訳者の平井肇さんは岐阜県出身のロシア文学者であり、ゴーゴリ作品の名訳者として知られています。

本作品が収録されている岩波書店の文庫には、他の短編として「鼻」が収録されています。



あらすじ


或る省の或る局に勤める下級官吏が一人いました。背丈も顔も頭も、つまり総じてたいしたことのない外見をしていて、万年九等官のうだつが上がらない存在でした。彼の名前はアカーキイ・アカーキエヴィッチです。

彼は上司が代わろうとも、常に同じ席で、同じ地位で、同じ役柄で、文書係をしていました。役所では彼に対してまったく敬意が払われている様子はありません。若い官吏が彼をからかったり、冷やかしたりすることもありましたが、彼は口応えもせず、書き損じもせず、ひたすら職務を全うしました。彼にとっては、執務にさえ影響を与えなければ、何もないことと同じことでした。

そんな彼でしたが、悪戯が過ぎて、肘で突っつかれたときには、口を開きました。“構わないでください! 何だってそんなに人を馬鹿にするんです?”と。

彼はその勤務に熱愛をもっていたようです。その仕事に悦びを見出し、愉しい世界を見ていた節があります。あるとき、親切な或る長官が、彼のことを思って、より意義のある仕事を与えました。それは簡単な報告書の作成だったのですが、彼にとっては大仕事だったらしく、すぐに悲鳴をあげてしまいました。彼には写しの仕事がすべてだったのです。

他の役人は仕事を終えた残りの時間を享楽に捧げていました。食事をしたり、煙草を楽しんだり、仲間や異性との交流に勤しんだり、噂話を交わしたり。しかし、夜会で彼の姿を見たという話はどこにもありませんでした。彼にとっては、明日、神様がどんな写しものをくれるのか、それを楽しみながら眠りにつくというのが日課でした。彼にとっての平和は老境まで続くはずでした。


しかし、厳しいペテルブルグの寒さを感じる季節、彼は朝の通勤時に背中と肩のあたりがひどくチクチクするのを感じます。家で丹念に調べてみると、彼の薄っぺらな外套の背中と両肩のところが、木綿ぎれのように薄くなっているのを発見しました。

この何でもないような外套が平和に暮らしていたはずの彼の生活を脅かすことになっていきます__



感想


19世紀の海外文学ですが、短編ということで読みやすい作品です。

ストーリーも、仕事だけが生きがいの冴えない中年男性に起こる奇妙な物語と、いい意味で庶民的な内容だと思います。本当に庶民的です。思わぬ事件に巻き込まれるわけではなく、人生を変えるマニック・ピクシー・ドリームガールのような出会いがあるわけでもなく、SFチックな特殊能力を備えているわけでもありません。

ただ、外套というささやかなアイテムひとつで、人生が二転三転したり、社会や他者の不条理に直面したりします。たかが外套、されど外套、この何気ない道具ひとつと人間一人で、愉快さと痛快さを兼ね備えた写実的で怪奇的な物語が表現されます。そして、社会集団生活における権利や義務、人生における生き方や幸福も考えさせてくれます。

文庫で「外套」と一緒に集録されている「鼻」に関しては、コミカルで突飛過ぎの印象でした。







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