小説 ~ さようなら、オレンジ ~



さようなら、オレンジ(さようならおれんじ)
著者名:岩城けい(いわき けい)
出版社:筑摩書房
発売日:2013/8(2015/9)
ジャンル:ヒューマン




「さようなら、オレンジ」は、言語が異なる大陸の地に赴いた二人の女性の過酷な運命と自身の矜持、互いの交流を描いた作品です。

著者の岩城けいさんは大阪府出身の作家で、大学卒業後からオーストラリアへと渡り、在豪20年以上となります。他の著書に「Masato」の作品があります。

本作品は2013年に芥川賞の候補作となり、翌年の2014年、大江健三郎賞を受賞しています。



あらすじ


難民として夫と二人の息子と異国の安全な場所へと辿り着いた女性、サリマ、彼女の祖国では人々のいがみ合い殺し合いが当たり前のようにあり、彼女は世界地図を見ても自分の国がどこにあるのかさえわかりません。そして、そんな彼女が夫に連れてこられた先は、大きな島、オーストラリアでした。

殺し合いとは無縁の穏やかで安全な場所、しかし、<生きる>という目的のために追い立てられるようにサリマが辿り着いたその場所は決して平穏な場所というわけではありませんでした。

買い物に行くときは周りからの奇異な視線に晒されている気がする、元気だった息子たちも学校にもなじめていない、右も左もわからない生活、親戚や友人の支えもない生活、何よりも耳慣れない言葉、その言葉が伝えられない生活はとても重苦しいものでした。

そんなサリマが望んだ仕事はスーパーマーケットでの生鮮食料加工の仕事でした。仕事を求めることはできても選ぶことができなかった彼女が就いたその仕事は、朝と夜のつなぎ目の時間帯である午前3時に家を出て、真っ白なタイルの部屋で白い作業着を着て、真っ赤な血が滴る肉や魚を加工していきます。

部屋の白、自身の肌の色、真っ赤な血の三色が混じった部屋の中から、サリマは朝焼けのオレンジを、唯一それだけは故郷と同じの変わらないオレンジに向かいながら生きています__



ジョーンズ先生に宛てられた一通の手紙、Sと名乗る女性からの近況報告の手紙です。

彼女は夫の仕事の都合でオーストラリアに移住して半年になります。移住してすぐに生まれた娘も4ヶ月になり、子育てで一日があっという間に過ぎていきます。

彼女の夫は応用言語の分野における研究と論文で忙しそうです。母語で話して考えをまとめてからではないと英語で書けないと、妻であるSに演説します。その影響か、Sも言葉について考える機会が増えました。

彼女は家賃の安い2階建てのフラット集合住宅に住んでいます。階下にはトラックの運転手やインド人の母子、理容師の老人が住んでいて、同じ階には空き部屋を挟んで失業中と思われるドラムが趣味の若い男が住んでいます。

彼女は物書きのようです。この手紙を書き始めたきっかけが、ジョーンズ先生からの“書いてるの?”の一声でした。彼女は“Francesca”というタイトルのそれを、ジョーンズ先生に添削してもらっています。

子育ての忙しさの合間に書き上げようとしているそれを__ 



感想


母語と異なる地に夫に連れ添う形で移住した二人の女性を描いた作品です。

上記の内容こそ共通していますが、一方は紛争地域で教育も行き届いていない地域から、もう一方は平和で識字率も高い地域から、片やは夫が離れ自身で労働と二人の息子を育て、片やは夫が働き自身は生まれたばかりの娘の子育て、一人は三人称視点からの記述で、もう一人は一人称視点の手紙での記述、と異なる境遇、手法で話が展開されていきます。

母語という言葉の大切さ、相手からの言葉の受け取り方、自身の意思の伝え方等を、第二言語、第二の国を通して訴えてくる点で他の作品とは異なった大きな魅力があります。

また、異言語・異文化の環境下における子供を持つ女性の強さも印象的な作品です。文庫で150頁少しの分量でありながら、大作を読みきったような充足感がありました。

共通点こそあれ背景となる境遇が異なる二人が登場することで、少し周囲も含めた人間関係が都合よく進みすぎていると感じる部分もあります。しかし、二人だからこそ出来た関係性だと、そして、出会うべき人に会った結果だと思える説得力のある素敵な話です。


けれど、母親らしくないなんてなじる女はどうせ自分も母親らしくないんだから気にしない、
とハリネズミに淡々と言い含められると、
もうそれ以降はちぽけな中傷にしか思えなかった。




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