小説 ~ 死者の奢り ~




死者の奢り(ししゃのおごり)
著者名:大江健三郎(おおえ けんざぶろう)
出版社:新潮社
発売日:1957/8 (1959/9)
ジャンル:ヒューマン





「死者の奢り」は大学医学部のアルバイトで、死体を運ぶことになった文学部の青年の一日、死体処理室の管理人、同じくアルバイトの女子学生、そして死者たちとのやり取りを描いた小説です。

著者の大江健三郎さんは愛媛県出身の作家で、他の著書に、1958年に当時最年少となる23歳で芥川賞を受賞した「飼育」や、「燃えあがる緑の木」があります。文学への功績が評価され、1994年に日本人として2人目となるノーベル文学賞を受賞しています。

本作品は1957年に東大新聞の懸賞小説で一等となった作品であり、著者のデビュー作品とされています。

新潮社より、「死者の奢り・飼育」の短編集が発行されており、本作品の他に、「他人の足」、「飼育」、「人間の羊」、「不意の啞」、「戦いの今日」と、著者の初期の短編作品が収録されています。



あらすじ

9時を回らない朝方の頃、文学部のフランス文学科に所属する<僕>は、大学の医学部の大講堂の地下を進んでいます。

アルコール水槽で保管されている解剖用の死体を処理するアルバイト、昨日の午後、<僕>は大学の掲示を確認して、そのまま医学部の事務室へと向かいました。

係の事務員は急がしそうで、すぐに死体処理室の管理人に<僕>を紹介し、管理人は仕事が一日で終わることを説明しました。

<僕>が事務室を出たとき、一人の女子学生がドアの外で待っていました。英文学の授業で何度か見かけたことのある女子学生、<僕>らは会釈を交わしました。


管理人と昨日会った女子学生と、<僕>は天井が低い廊下を移動し、突き当たりにある死体処理室までたどり着きます。

小柄でずんぐりしている管理人のゴム長靴をはいた頑丈な両脚を見て、<僕>は長靴を履くべきだったのかと感じ、午後からは着替えようと考えています。

女子学生は事務室で借りた大きすぎるゴム長靴を履いていました。歩きにくそうでしたが、額にかかった髪とマスクの間から見えた眼は、鳥のように力強い光がありました。

ドアを開くと、高い天井から降り注ぐ冬のような白い薄明の光と、アルコールの充満した空気が流れてきました。

濃褐色の液に浸されている死者たちは半ば沈みかかっています。それらは身体をすりつけあい、独立感を持っています__



感想


死者を前にした生者間の意思、優越、達観、傍観、劣等、不安、嫌悪、虚無、徒労、そして社会の不条理を色濃く描いた作品です。

鳥のように力強い光を持つ眼が、病気の鳥のような疲れた表情になったり、死体処理を受け持つ管理人に優越を感じていた<僕>が、同僚とみなされたことで劣等感を抱いたり、ごく僅かな時間の流れの中で様々な感情や心境の移ろいが展開されていきます。

本作品を含めて、メインとなる登場人物が相容れない状況に追い込まれたときの心情描写はいい意味で心を窮屈にしていきます。それは風景や情景描写が丁寧で淡々としている一方で、心情描写が乱雑で執拗な印象を受けるからだと思われます。

読書体験を形容すると、他の著者の作品が人生を豊かにしたり、時には辛くしたりするスパイスのような印象を持つのに対して、著者の作品は効果があるのかわからない、ともすれば毒なのかもしれない薬のような印象を受け、読後感に不思議な感覚を与えてくれます。

妊娠するとね、厭らしい期待に日常が充満するのよ。
おかげで、私の生活はぎっしり満ちていて重たいくらいね

生きている人間と話すのは、
なぜこんなに困難で、
思いがけない方向にしか発展しないで、
しかも徒労な感じがつきまとうのだろう、
と僕は考えた。



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