蜩ノ記(ひぐらしのき)
著者名:葉室麟(はむろ りん)
出版社:祥伝社
発売日:2011/10 (2013/11)
ジャンル:時代、ヒューマン
「蜩ノ記」は江戸時代の豊後を舞台に、3年後の切腹と家譜の編纂を命じられている元奉行と、その元奉行の監視を命じられた文官との交流、武士の矜持を描いた時代小説です。
著者の葉室麟さんは福岡県出身の作家で、他の著書に、2007年に松本清張賞を受賞した「銀漢の賦」や、2011年に直木賞候補作品となった「恋しぐれ」があります。
本作品は2012年に直木賞を受賞しています。
2012年にはNHK-FMラジオにてラジオドラマ化され、2014年に小泉堯史監督、役所広司さんと岡田准一さんが主演で映画化もされています。
あらすじ
現在の大分県にあたる豊後の国の羽根(うね)藩、満開の山桜の花びらが舞い散る中、家老である中根兵右衛門(なかね へいえもん)の命を受け、元奥祐筆の檀野庄三郎(だんの しょうさぶろう)は向村山(むかいむらやま)を目指しています。庄三郎が道中の川辺で一息を入れていたところ、一人の少年に出会います。
少年から目的地を尋ねられた庄三郎は、向村山にいる戸田秋谷(とだ しゅうこく)を訪ねる途中だと答えます。
少年は一瞬戸惑った顔を見せます。偶然出会ったその少年は、これから向かう秋谷の家の息子である戸田郁太郎(いくたろう)でした。
郁太郎は庄三郎に対する警戒を解いた後、庄三郎を大きな茅葺(かやぶき)屋根のある秋谷の屋敷に案内しました。
屋敷では、具合が悪く床に臥せる秋谷の妻である織江(おりえ)に代わって、秋谷の娘である薫(かおる)が庄三郎に応対しました。
秋谷は長久寺(ちょうきゅうじ)の慶仙(けいせん)和尚を訪ねていて不在でした。
周囲の様子を観察しながら屋敷で待っていた庄三郎、やがて、秋谷が戻ってきて、庄三郎は挨拶します。
秋谷は7年前に不義密通の罪を犯し、本来なら切腹を命じられるところを、藩主の仁慈によって、10年間、家譜の編纂を続けることを命じられ、向山村に幽閉された身でした。
庄三郎は家譜編纂の手伝いにきたと秋谷に説明し、懐から書状を取り出し、秋谷に渡しました。
そして、庄三郎もまた、場内で喧嘩騒ぎを起こし、死罪になるはずだったところを、家老の慈悲、とある命令と引き換えに罪を免じられたのです。
その命令とは、表向きは秋谷の家譜編纂の手伝い、裏では余命3年と決定されている秋谷とその家族の監視を命じたものでした。
自らの命が助かるのと引き換えに、戸田秋谷が死ぬのを見届ける、庄三郎に課せられたのは過酷な使命でした__
感想
理不尽で不条理な世の中でも、自身の武士道を貫く元奉行と、その元奉行に触れて変わっていく文官の矜持を描いた作品です。
家族や村の仲間のことを強く思いつつ、筋や義理を通し、自分の生き様を貫く様子は読んでいて込み上げてくるものがあります。それは将来の切腹が決定している秋谷だけではなく、庄三郎や秋谷の息子である郁太郎、その友人の源吉からも感じられます。
ただ、家譜の編纂だったり、一揆の話だったり、トピックが散在している印象を受けたのは残念でした。生き様や矜持を訴えるうえで、一つの指標となる大儀か目的は必要だと思います。
トピックが散在していると感じた例として、家譜を完成させることと、源吉の勇敢な行為は直接にリンクしていないため、源吉の話は本当に必要だったのか疑問に思ってしまったということが挙げられます。小説の中で生き様という見せ場を用意するために、事件を起こし、誰かを無理に犠牲にしている、そういった印象を持ってしまいました。
「忠義とは、主君が家臣を信じればこそ尽くせるものだ。
主君が疑心を持っておられば、家臣は忠節を尽くしようがない。
されば、主君が疑いを抱いておられるのなら、家臣は、その疑いが解けるのを待つほかない
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