小説 ~ 穴 ~



穴(あな)
著者名:小山田浩子(おやまだ ひろこ)
出版社:新潮社
発売日:2014/1(2016/8)
ジャンル:ヒューマン




「穴」は、夫の転勤に伴い仕事を辞め、夫の片田舎に引っ越すことになった女性が遭遇する不思議な出来事と平凡なはずの日常を描いた表題作を含む短編集です。

著者の小山田浩子さんは広島県出身の作家で、他の著書に2010年に新潮新人賞を受賞した「工場」といった作品があります。本作品は2014年に第150回芥川賞を受賞しています。

表題作の他に、農村の古民家で新婚生活を始めた友人夫婦と、不妊を気にする妻をもつ夫との不思議な交流を描いた「いたちなく」、「ゆきの宿」が収録されています。


あらすじ


夫の転勤が決定し、引っ越すことになった松浦あさひ、引越し先は夫の実家がある片田舎の辺境の地でした。

夫が手頃な物件がないかを義実家の姑に相談したところ、夫の実家の隣にある借家を利用してはどうかと提案を受けます。

駐車場付の二階建ての一軒屋、しかも、田舎で家賃も5万2千円と手頃なところに、姑から家賃は要らないと言われます。

アサヒと夫はその話に飛びつきます。アサヒは引越しを契機に今就いている仕事を辞める予定だったため、家賃が不要という条件はとても魅力的でした。

ずっと仕事を続けてきた姑は、アサヒが夫の転勤のために仕事を辞めることに対して気の毒だと言いましたが、非正規で給料も高くない仕事を辞めることにアサヒは何の抵抗もありませんでした。ひどい苦痛があるわけでもなく、かといって充実があるわけでもない、アサヒにとっては今の仕事はその程度のものです。

アサヒが同じ非正規の仕事仲間に退職することを打ち明けると、専業主婦のような暮らしをするかもしれないアサヒの生活を、夢みたいといってその同僚は羨ましがります。

そして、引越しの日、生憎の大雨の中、姑が引っ越し業者にアレコレと構いながら、引越し作業は卒なく完了します。

翌日以降、アサヒの生活は変わりました。予定も宿題もない夏休みのような生活、同僚が夢見たいと言っていた生活、携帯をいじるのが好きな夫、良好な関係の姑、蝉の鳴き声に窒息しそうになる生活、無職で肩身を狭く感じてクーラーをつけない生活、時間が経つのが遅いのに、一日が過ぎるのが異様に早い生活です。


アスファルトの熱気や蝉の喧騒を感じる夏の暑いとある日、仕事で外出中の姑から電話がかかってきて、アサヒはお使いを頼まれます。仏間の小さな座卓に払込票とお金が入った茶封筒が置いてあるから、それをコンビニに持っていって払込をして欲しいということでした。

隣の姑の家に向かい、茶封筒を見つけ、アサヒはコンビニに向かいます。その途中、得体の知れない黒い獣がアサヒの目に入ります__



感想


怪奇とまではいかない不穏な世界へと誘われていく小説です。

嫁姑問題、話を聞かない夫、非正規で充足感のない仕事、時間の経過が遅く感じる専業主婦業、ちょっとした社会・家庭問題がクローズアップされるのかと思っていたら、物語はまったく別の方向に進んでいきます。

謎の生物や不思議な登場人物の存在、それらは前述の問題に対する、主人公が無意識に創り出した世界のように感じました。

安部公房さんの「砂の女」は主人公の周囲で不条理で不思議な世界が、いわゆるマジックリアリズムと形容されるような世界が繰り広げられていました。一方で、こちらの作品はあくまで主人公の目線で、夢の中のような非現実的な世界が、いわゆるシュルレアリスムと形容されるような世界が繰り広げられます。

夢野久作さんの「少女地獄」や彩瀬まるさんの「くちなし」のレベルの怪奇、ファンタジーを扱っているわけではありません。限りなく現実に近い世界でほんの少しだけ非現実の世界を覗き込む、その境界を漂い楽しむことが本小説の魅力のように思います。



私はお嫁さんになったのだ。とっくになっていたのに気づかなかったのだ。




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