小説 ~ 砂の女 ~



砂の女(すなのおんな)
著者名:安部公房(あべ こうぼう)
出版社:新潮社
発売日:1962/6(2003/3)
ジャンル:ヒューマン、サスペンス




「砂の女」は、昆虫採集のために砂丘へと旅行に来た男性が、砂穴に建つ一軒家に閉じ込められ、一人の女性と同居生活をしながら、砂と村の人々に抵抗し脱出を試みる作品です。

著者の安部公房さんは東京都に生まれ幼少期を満州で過ごした作家で、他の著書として1951年に第25回芥川賞を受賞した「壁 - S・カルマ氏の犯罪」といった小説作品がある他、劇作家として戯曲を作成したり、テレビドラマの脚本を担当した実績もあります。

本作品は1963年に第14回読売文学賞を受賞した他、複数の言語に翻訳され海外でも出版されており、1968年にはフランスで最優秀外国文学賞も受賞しています。

1964年に作者自身が脚本を務め、監督に勅使河原宏さん、主演に岡田英次さんと岸田今日子さんの二人で東宝から映画化されています。


あらすじ


8月のある日、一人の男性が行方不明になります。

彼は休暇を利用し汽車とバスを乗り継いで、昆虫採集のために、とある海岸沿いの村へと向かいました。

彼のために捜索願も、新聞広告も出されました。厭世自殺でもしたのではないかと言い出す彼の同僚もいました。その同僚にとっては、いい歳をした大人が役にも立たない昆虫採集に熱中しているということは、精神の欠落をしていると考えられたからです。

しかし、誰にも本当の理由がわからないまま7年が経過し、彼は死亡認定を受けることになりました__



一人の男がS駅のプラットフォームに降り立ちます。彼はそのままバスに乗って海のほうを目指します。

男の名前は仁木順平(にき じゅんぺい)、31歳の教師です。昆虫採集が趣味の彼は、新種の昆虫の発見を目指し、砂地に生息する昆虫を採集するために、休暇を利用して海岸沿いにある貧相な村にたどり着きます。

その村にある部落は少し奇妙なものでした。海岸へと続く道が上り坂になっている一方で、建屋はなぜか低い位置にあります。この様子が海岸に近づいていくほど顕著になっていき、海岸近くの家にいたっては、その屋根の高さが砂の斜面より低く、砂のくぼみの中に家が建っている状態です。

一体どんな生活で暮らしているのか、奇妙な思いを抱きつつも、男の目的は昆虫採集であり、遂には、濁った海が見渡せる、目指した砂丘に彼は辿り着きました。

ハンミョウ属の新種を探す男、その種は砂漠の昆虫と言われており、それが今回、彼がこのような偏狭の地に来た理由です。

男は目的の昆虫を捕獲するために、その昆虫の特性を調べるだけでなく、その昆虫を存在させる条件、ひいては砂に対する関心も高まり、砂に関する文献も読み漁りました。

男はひたすら歩き回りました。気づけば日暮れが迫っていました。ふと気づくと近くで漁師らしい老人が立っていて、彼に声をかけてきました。

話をしているうちに部落の中のある民家への宿泊を勧められた男、向かった先は穴のように窪んだ砂の中にある一軒の家でした。

梯子を利用してようやく家に辿り着いた男、その家には、一人の女性が住んでいました。

壁は剥げ落ち、柱は歪み、そして明かりも満足になければ、風呂も我慢しなければならない、女も愛嬌はあるが、たまに会話が噛み合わない、終いには女は男を放置して砂掻きに追われ、客にもかかわらず男がそれを手伝うことになります。

男が話をよく聞いてみると、この砂丘にある村は砂掻きしないと、10日も持たずに村が砂で埋まってしまうというのです。馬鹿らしくなった男はスコップを放り投げ、部屋に戻って砂のことを考えているうちまどろみ眠りにつきます。


一夜が明けて家を出た男、しかし帰ろうとして正面の砂の壁を見ると、昨日まであったはずの梯子がなくなっていました__



感想


作中での砂の表現がとても印象に残ります。砂が予期せず口の中に侵入してきたときの粘膜へのざらつきや、湿った砂が肌にまとわりついたりしたときの嫌悪感や不快感を思い出します。


一方で、そのようなリアルとは対照的なのが主人公が迷い込んだ部落です。

奇妙な掟に縛られていて、非効率で非現実的な方法で砂に抗う村人たち、そして主人公と生活を共にすることとなる女の存在、どうして移住しないのか、どうしてより便利な方法をとらないのか、その説明がないため奇妙な印象を持ってしまいます。

生々しいが非現実的という奇怪な世界に迷い込んだ気になってしまいます。砂を媒介にして、夢と現実が混じったような世界を表現するという点で、砂を題材としたマジックリアリズム文学と言えそうです(シュルレアリスム文学と当初はしていましたが、その幻想性が主人公の外部によるものと考えたことからマジックリアリズムとすることに変更します)。


個人的には奇怪な世界の中でも、登場人物には共感や理解、最悪でも納得できる形で話が進んでいかなければモヤモヤとした感情が残ってしまうため、登場人物の意志や目的が砂のように掴みきれない本作品は苦手な部類でした。


しかし、そんな理不尽で虚構のような世界の出来事であっても、どこか自分たちが日々生活している世界と繋がっているような感覚を抱いてしまうのがこの作品のすごいところであり、日々のルーチンワークの目的とは、自由とはどういったものなのかを思い起こさせてくれる作品です。


――罰がなければ、逃げるたのしみもない――




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