小説 ~ ラバー・ソウル ~



ラバー・ソウル
著者名:井上夢人(いのうえ ゆめひと)
出版社:講談社
発売日:2012/6(2014/6)
ジャンル:サスペンス




「ラバー・ソウル」は、容姿を理由に幼少期から友人も恋人も作れず、両親にさえ見放されて、音楽だけが生きがいだった36歳の男が、偶然出会った一人のモデルに心を奪われ、それに起因するサスペンスを描いた小説です。

著者の井上夢人さんは福岡県出身の作家で、他の著書に「プラスティック」やドラマ化された「オルファクトグラム」等があります。

以前は岡嶋二人のペンネームで、徳山諄一さんとのコンビで「クラインの壺」や「解決まではあと6人」といった作品を発表されていました。

本作品のタイトルが1960年代に発売されたビートルズのアルバム「ラバー・ソウル(Rubber Soul)」をもとにしているように、作者はかなりのビートルズマニアということです。


あらすじ


ポカポカと春が近づく陽気を感じる3月9日、雑誌の1960年代ポップスをテーマとした特集のために、ハンバーガーショップの前で行われている撮影、鈴木誠(すずき まこと)は自身が所有するコルベットがその撮影に利用されるということで、その現場に立ち会っていました。

鈴木誠は36歳の独身で裕福な家庭で育ったニート状態の男性でした。

彼は、生まれたときからその容姿が原因で他人から蔑まれ、恐れられ、疎外され、無視される存在でした。小中学校にすら、まともに通うこともできず、親との外食ですら、小学校低学年のときの思い出が最後であり、友人や恋人はもちろん、両親からも見放され30年以上生き続けていた孤独な存在でした。

自室に籠もりがちな生活と裕福な家庭に生まれた財力の影響もあってか、彼には音楽に関する知識が人一倍ありました。

その豊富な知識を武器として、彼は洋楽専門誌への投稿を続けるうちに、その雑誌の編集者である猪俣達也(いのまた たつや)と出会い、仕事としてエッセイや評論を依頼される関係になりました。それは鈴木誠にとって、唯一の社会との繋がりともいえるものでした。

人との接触を極力避けて生きてきた鈴木でしたが、猪俣の頼みということもあって、所有するコルベットを自身で運転して、その日の撮影現場に立ち会うことになります。

撮影現場には鈴木と猪俣以外にカメラマンと4人のモデルがいました。

その中の一人、美縞絵里(みしま えり)に鈴木は自身の視線を引き剥がすことができなくなってしまいます。彼女の服装や一挙一動に彼は目を奪われます。

そして、撮影中に猪俣がBGMとして用意したiPadから流れてきた曲の最後が、1958年にヒットしたポール・アンカが歌う「You Are My Destiny“君は我が運命”」だったとき、彼は彼女と出会ったことを運命だと思うようになります。


しかし、その直後、撮影現場を思わぬ悲劇が襲います。高齢者の運転する紺色のワゴン車が突如撮影隊に突っ込んできたのです。

事故は三人の人間、モデル二人と写真家を一人巻き込みました。

現場は一転して大惨事となり、救急車や警察が出動します。責任者的立場の猪俣は対応に追われます。他の人も雑用に追われていていたり、その現場に半狂乱になっている者もいます。

事故に巻き込まれたモデルの一人はモニカという、絵里の親友でした。現場で呆然と立ち尽くしていた絵里、そんな絵里の様子を見て、猪俣は人手が足りないなか、コルベットを運転できる鈴木誠に絵里の送迎を依頼します。

それが、その先待ち受けている、一人のモデルと、一人の社会的接点が希薄で外見が異様な男の間の悲劇的サスペンスの元凶となります__



感想


大石圭さんの「アンダー・ユア・ベッド」以来のストーカー系男性が主人公の小説、両者の共通点として、社会的接点が希薄な30代の男性が主人公、裕福な家庭で育っている、自虐的だが謎の行動力がある、恋愛が関係する、といった点が挙げられます。

主人公の男が何かに傾倒するという面でも両作品は共通しており、「アンダー・ユア・ベッド」の主人公は熱帯魚、本作品の鈴木誠はビートルズでした。

大きな違いとしては、ストーカーされる女性が置かれている境遇・立場です。

そして、あえて違いを述べるとしたら、「アンダー・ユア・ベッド」のほうがホラー・人間ドラマに重きが置かれているように感じ、本作品のほうがサスペンス・ミステリーに重きが置かれているように感じました。

本作品は各登場人物がインタビューの受け答えをしているような回想形式で話が進んでいくのですが、サスペンス面についても満足いく展開で進んでいきました。途中で違和感を感じる描写があるのですが、後付でなくしっかりと読者にその部分まで丁寧に提示されている点でサスペンスとしてフェアであり、それがしっかりと回収され納得いく結末を迎えられる点でもすっきりできました。

ただ、個人的にはBサイドが少し冗長だった気がします。Bサイドは似通ったストーカー行為の繰り返しになってしまっているように感じました。


生れてきたことが間違いだったぼくが、
絵里さんに出会ってから、こんなに変わりました。

こんなに幸せを感じたことはありません。

何もかもが、輝いている。

生きるってことは、真っ直ぐに歩くことなんだって、やっとぼくにもわかりました。




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