小説 ~ 小さいおうち ~




小さいおうち(ちいさいおうち)
著者名: 中島京子(なかじま きょうこ)
出版社: 文藝春秋(文春文庫)
発売日: 2010/5(2012/12)
ジャンル:ヒューマン




「小さいおうち」は中島京子さん著作、赤い瓦屋根の家で暮らす三人家族に仕える女中の記憶が綴られたノートから、昭和初期当時の出来事の回想、現代へと紡がれる人々のドラマを描いた作品です。

中島京子さんは東京都出身の作家であり、他の著書に、小説家デビュー作であり2003年に野間文芸新人賞候補作となった「FUTON」、2005年~2007年にかけて3年連続でそれぞれ吉川英治文学新人賞候補作となった「イトウの恋」、「均ちゃんの失踪」、「冠・婚・葬・祭」といった作品があります。

本作品は2010年に第143回直木賞を受賞しています。

また、2014年には山田洋次さんを監督に、松たか子さん、黒木華さん、吉岡秀隆さん、妻夫木聡さんといった名だたる俳優を出演者として映画化されています。



あらすじ

茨城の片田舎で細々と一人暮らしを続けている「タキさん」と呼ばれる女性、米寿を越える彼女は出版社に勤める女性の紹介により2年前に家事の本を出版しました。

次回作の打ち合わせ話もあるなかで、彼女はもっと大事なことを書き残しておきたいと思うようになります。それは、昭和初期に彼女が過ごした女中時代の話、特に平井家で奉公したときの奥さんや坊ちゃんと過ごした大切な思い出でした。


昭和5年の春に東北の片田舎から東京に出てきたタキ、小説家の先生の下で女中を始めた後、浅野家に女中として奉公することになります。

浅野家で初めて時子(ときこ)奥様と恭一坊ちゃんと出会ったタキはそれから長い間、時子と恭一に一生懸命に奉公することとなります。それは、都会のお嬢様と形容するにふさわしい美人奥様である時子が初めて女中を雇うということもあって、タキにとても親身になってくれたからです。

浅野家での女中生活はご主人の予期せぬ事故死によって終焉を迎えます。このとき時子と恭一は時子の実家に帰ることになるのですが、タキも一緒についていくことになります。

そして、昭和7年の暮れに時子が平井と再婚し、タキも平井家に仕えることとなります。

玩具会社の役員である平井は時子とのお見合いの席でモダンな赤い瓦屋根の家を建てることを言い、結婚して3年目には赤甍(あかいらか)を乗せた二階の家を建て、タキにも二畳の小さな女中部屋が与えられました。

タキは平井一家とその一家に関連する人たちと接し、やがて訪れる戦況が悪化するそのときまで大切な思い出を重ね、女中としての責務を果たそうとしていきます。


生涯独身を貫いた一人の女性、彼女の甥の次男坊にあたる健史(たけし)が偶然そのノートを読んだことで、戦時中の一人の女中が庶民目線で見たひとつの家庭と人間模様が紡ぎだされます__



感想


現代から登場人物の回顧録で昭和の出来事を回想していく形式、伊吹有喜さんの「彼方の友へ」(その際の記事⇒)も似たような形式で楽しめましたが、こちらもまた違った視点で楽しむことができました。

二つの小説には若干の時代の差はあれども、本作「小さなおうち」でもっとも印象に残っている部分は私がイメージしがちな戦争という悲惨な状況とは随分と違うなということでした。

「彼方の友へ」では主人公にとっての世界の中心は雑誌を届けるということであり、人や物はもちろん、表現の自由も奪われるといったことで悲痛な状況が感じられました。

一方で、本作でも食料が充分には調達できない、戦況は正確に庶民には伝わらない、離れ離れになった人の安否を案ずるといった場面はあるのですが、基本的には平井家というひとつの一家を世界の中心としているため、戦時中という舞台ではありながら、その当時の庶民の生活(平井家は富裕層に見えますが)の描写を中心とした作品であり、読む前の印象とはまったく異なっていました。

作中でも主人公の甥の次男坊にあたる健史が読者の代弁者となる形で、戦争中はもっと悲惨だったのでは?と言っている場面があるのは親切な作品だなと感じました。

主人公であるタキはいい女中だったんだろうと思うのですが、自叙伝のような形をとることで物語の大部分がタキの目線で語られていく中で、健史という存在がうまく活きていく点は読後の爽快感にも一役買っていると思います。

戦争という時代をとてもよい距離感で書いている本作、平成から新しい年号に変わろうとしているこの時代に読めていることは幸せだと思います。





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