小説 ~ 私が語りはじめた彼は ~



私が語りはじめた彼は(わたしがかたりはじめたかれは)
著者名: 三浦しをん(みうら しをん)
出版社: 新潮社(新潮文庫)
発売日: 2004/05(2007/07)
ジャンル:ヒューマン、恋愛




「私が語りはじめた彼は」は三浦しをんさん著作、一人の大学教授に関わる周囲の恋愛関係や家族関係、人間模様をオムニバス形式で描いた小説です。

著者の三浦しをんさんは東京都出身の作家であり、本作品は2005年に第18回山本周五郎賞の候補作品となっています。

他の作品に、2006年上半期の第135回直木賞を受賞した「まほろ駅前多田便利軒」(森絵都さんの「風に舞いあがるビニールシート」との同時受賞)、2012年の第9回本屋大賞を受賞した「舟を編む」、2017年11月に公開された大森立嗣監督、井浦新さんや瑛太さんが主演している映画の原作となる「光」、等があります。

本作は、『結晶』、『残酷』、『予言』、『水葬』、『冷血』、『家路』の6編で構成されています。
一人の大学教授に関連する人物が各編で登場しますが、メインとなる登場人物や話の時代、時系列は散逸しています。


あらすじ


大学教授で歴史学者である村上融(とおる)の不道徳が記載された告発便が届き、九州で開催される学会のため不在の恩師に代わり、村上融の助手である三崎(みさき)はその送り主を探そうとしています。

三崎は容疑者の一人である村上夫人の元へ、村上融の家を訪ねます。

しかし、淡々と村上融の過去の女性遍歴や他の容疑者のことを三崎に話す夫人、蝋のように表情も変えず、汗もかかない夫人と交わす会話に、三崎はどこか居心地の悪さを感じていきます。

そして、会話を重ねているうちに三崎は自身の出世や女性関係、自身がその告発便に対してどう思っているのか、どうなって欲しいのかの話を持ち出す流れになっていきます。
当初に三崎が思い描いた犯人探しの様相はまったく異なる方向へ、真偽や恋愛感情がもつれあうなかで、三崎が何を信じて何を選択するのかを迫っていくことになります_

(『結晶』より)


感想

タイトルをそのまま受け取れば、私(各編の登場人物)が語りはじめた彼(村上融)に関する短編集となっています。

彼に関わったことで人生の転機を迎えた人々の家族模様や恋愛模様を静かに描いている作品であり、登場人物の多くは表面上は冷静ではあるが、内に青い炎を秘めた者が多いため、全体的に暗かったり、重かったり、陰鬱な雰囲気をまとっている小説です。
しかし、文章力が優れているためか、そういった部分を不快に感じたりすることもなく、心地よく読書に誘ってくれる作品だと私は感じました。

村上融の人物像が見えない作品ですが、基本的に他の登場人物についても心の中でどう思っているのか、その人物の過去の歴史等もあまり描かれていないため、全体的にミステリアスな雰囲気を出しているとも思います。

それぞれ独立した話なのですが、村上融という登場人物以外にも、“九州”や“蝋”といった小さな言葉が散見されたりする点も読んでいておもしろかったです。

『残骸』が最も印象に残っています。


私は、家族との幸せな暮らしがいつまでも続くことを夢見ていた。
変わらないことが幸せの証(あかし)であると信じて。

だが、変わらないものなどない。
変わらないものなどないという、
ただ一つの事実だけが変わらないことなのだ。





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