小説 ~ 彼方の友へ ~




彼方の友へ(かなたのともへ)
著者名: 伊吹有喜(いぶき ゆき)
出版社: 実業之日本社
発売日: 2017/11
ジャンル:青春、ヒューマン




「彼方の友へ」は 伊吹有喜さん著作、昭和の戦前・戦中・戦後の東京を舞台に、憧れの雑誌を発行する出版社に勤めることになった一人の少女と、周囲の人々の奮闘を描いた作品です。

伊吹有喜さんは三重県出身の作家であり、「ミッドナイト・バス」が第151回直木賞候補となっており、本作は著者の2回目の(第158回)直木賞候補作品となっています。

また、本作は実業之日本社の創業120周年記念作品でもあります。

明治から昭和の中期まで実業之日本社より実際に発行されていた少女向け雑誌「少女の友」に著者の伊吹有喜さんが心を動かされたことで生まれた作品のようです。



あらすじ


時代は平成、老人施設で穏やかに過ごす佐倉波津子(さくらはつこ)、彼女に来客が尋ねて来て、施設のスタッフを経由して、ある小箱が波津子に渡されます。

その可憐な箱には「フローラ・ゲーム」という70年以上前の雑誌の付録が入っていました。

波津子はそれを見て、当時に離ればなれになってしまった大切な人が生きていてくれたかもしれないと心が揺さぶられます。

そうして波津子は昔の記憶、彼方から聞こえてくる声を思いだします_


波津子が14歳で高等小学校を卒業してから2年経った昭和12年、家庭の事情により女学校への進学を諦めていた波津子は「椎名音楽学院」という私塾で先生の内弟子として家事手伝いをしながら給料を得て、ピアノや声楽を学んでいました。

しかし、その私塾が事情により閉鎖されることになってしまい、波津子は就職先を見つけなければならなくなります。

そのとき、偶然にも「乙女の友」という少女たちにとって憧れの、そして自分が大好きだった雑誌の出版社で働かないかとの声がかかります。

学歴も才能も経験もない自分が本当にそんな所で勤まるのか、波津子は不安を感じながらも、憧れの雑誌で、憧れの人たちの近くで懸命に働いていくことを選びます。


性別や学歴による扱いの差があったり、言動に自由がなかったり、そして戦争によって身近にいた人が離れていったり、そういった過酷な時代の中でも日本中の少女たちに生きる希望を届けるために、波津子は確固たる信念を持ち、周囲の人たちと協力し、様々な困難に立ち向かいながら成長していきます。



感想


学歴がないことに劣等感を抱きながらも懸命に生きていく少女が主人公の作品であり、簡単に言ってしまえば、ビルドゥングスロマンやシンデレラストーリーものです。

“現代版シンデレラ・ストーリー”という言葉をたまに聞きますが、この作品では戦争の影響で物や自由が制限されている息苦しい昭和初期の社会を舞台としているからこそ、きらびやかな雑誌の製作にあたる人々の生き生きとした様子や確固たる信念により惹きつけられます。

直木賞を受賞されたのは門井 慶喜さんの『銀河鉄道の父』であり、個人的な好みは彩瀬まるさんの『くちなし』だったのですが、実業之日本社が実際に発行していた雑誌を題材に戦争とポップカルチャーの両方を扱っている本作は、もっとも直木賞向けかなと心の中では思っていたため、受賞して欲しかったという残念な気持ちがあります。

学歴や男女差別、戦争といった重苦しい問題が頻発し、ときにはどうにもならないこともある、ある種のリアリティが本作の魅力でもあると思うのですが、欲を言えば、波津子が人間的な面だけでなく、雑誌の製作に関わる面からすごく成長したんだということが確認できる具体的なエピソードがあとひとつくらいあったらよかったかなと思います。

それでも、読んでいて登場人物が抱く読者に伝えたい、届けたいという熱い思いが伝わる作品です。

初版発行が2017年11月17日となっているため、作品の刊行期間が2016年12月1日〜2017年11月30日を条件としている「2018年本屋大賞」の対象でありながら、ノミネートから外れてしまっています。
本屋さんこそ、この作品に共感する事柄はたくさんあると思うため、そこも少し残念です。



「僕らは日本の隅々にいる愛読者、彼方の友へ向けて誌面を作る。
その友が手にした一冊の彼方には、名前は出なくとも、僕らとともに働くたくさんの友がいる。
一冊の雑誌を介して、僕らはゆるやかにつながっているんだ」





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