くちなし
著者名: 彩瀬まる(あやせ まる)
出版社: 文藝春秋
発売日: 2017/10
ジャンル:恋愛、SF、ファンタジー
「くちなし」はSFやファンタジー、ときにはリアリスティックな中での、登場人物達の愛、信念、性分、生き様や心の移ろいを描いた短編集です。
表題作の「くちなし」の他、「花虫」、「愛のスカート」、「けだものたち」、「薄布」、「茄子とゴーヤ」、「山の同窓会」の計7つの作品で構成されています。
本作品は第158回直木三十五賞(直木賞)候補作品としてノミネートされています。
あらすじ
ユマはアツタさんから別れを告げられました。彼女は18歳のときから芸能事務所に所属し、彼は様々な面でサポートしてくれました。彼はスポンサー企業の社長でした。そして10年にもわたる不倫の末、別れを告げられました。
選別に欲しいものが何かないかと聞かれたユマは少し悩んだ末、アツタさんの左腕が欲しいと言います。
アツタさんは少し悩みますが、10年間も関係を続けていたこと、義手にすれば別にいいかと判断し、その場で、まるで組み立てた家具を分解するかのように自分の左腕を取り外しそれをユマにあげて、別れます。
ユマはその左腕を時には大切な植物を扱うように水を与え、外出時には陽のよくあたる場所におき、時には大切な動物を扱うように一緒にお風呂に入り、爪の間まで丁寧に洗い上げたりしています。
そして、本来の持ち主から話された左腕も、ちょっとした意思があるようで、大切に扱ってくれるユマになついているようであり、ユマが帰宅するときには嬉しげに迎えてくれます。
そんなアツタさんの左腕との生活に安穏な日々を送ろうとしていたユマの家にアツタの妻と名乗る女性が突然現れます__
(表題作「くちなし」)
感想
直木賞の候補の本作品、何の予備知識もなく表題作であり最初のエピソードでもある「くちなし」を何気に読み始めたら、いきなり主人公が不倫相手の左腕を要求します。この作品はドロドロ系か不思議ちゃん系にでも移行していくのかと思ったら、次にはさも当然のように相手が左腕をその場で取り外してプレゼントするという予想外の展開に面を食らいました。
「くちなし」以外にも「花虫」、「けだものたち」、「薄布」、「山の同窓会」の5編がSFやファンタジー、ホラー要素を含んだ不思議な世界を舞台にしています。
ちょっと不思議な世界にもかかわらず何故か淡々と読み進められる感覚はちょっと乙一さんっぽいなと私は思いました。
そして、上記の不思議な世界と対をなすわけではないでしょうが、「愛のスカート」、「茄子とゴーヤ」の現時的な世界を舞台とする話の中では、他の作品があるからこそ、何気ない日常の空気がより引きだって読める点もこの短編小説集の魅力だと思っています(もちろん、単独で見てもおもしろいのですが)。
愛する人がいてもどこか不安、家族がいてもどこか孤独、形容しがたい感情を様々な登場人物で、いろいろな舞台で表現している独特な世界観がとても魅力的な作品でした。
あと、花に関する描写が多かった印象を受けたのですが、他の作品でもそうなのでしょうか。
他の作品もぜひ読みたいなと思います。
愛なんて言葉がなければよかった。そうしたら、きっと許してあげられたのに
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