小説 ~ 生きてるだけで、愛。 ~




生きてるだけで、愛。(いきてるだけで、あい)
著者名: 本谷有希子(もとや ゆきこ)
出版社: 新潮社
発売日: 2006/07
ジャンル:恋愛





「生きてるだけで、愛。」は 本谷有希子さん著作、躁鬱が激しい25歳無職女性の自分が周囲に馴染めない悩み、自分を満足に理解してくれない彼氏とのやり取りとその不満、突如現れた彼氏の元カノによるトラブル等を描いた恋愛小説であり、自己形成小説です。

著者の本谷有希子さんは石川県出身の作家さんで、2016年には「異類婚姻譚」で第154回芥川龍之介賞を受賞されてます。

それ以前に3作品の芥川龍之介賞候補作があり、本作「生きてるだけで、愛。」は2006年の第135回芥川龍之介賞候補作品です。

文庫には短編「あの明け方の」も収録されています、私は初見のときにまったく気づきもしませんでしたが「生きてるだけで、愛。」の前日譚とのことです。

本谷有希子さんは小説家としてだけではなく、「劇団、本谷有希子」の主宰であったり、関西テレビの番組「セブンルール」のレギュラーであったりと多方面で活躍されており、テレビ番組のゲストとして出演することもあります。



あらすじ


主人公である自称メンヘルの寧子(やすこ)は、同僚の安い恋のトライアングルに巻き込まれたことが原因でスーパーのバイトを辞め、定期的に訪れる鬱状態となり、ネットと惰眠を貪り、3日間入浴しなくても問題ないような生活を続けている状態です。

合コンで知り合い、何となく付き合い始めて3年となる同棲相手、津奈木(つなぎ)の存在があるため、直近の生活に困っているわけではないのですが、周囲の人はできることが自分にはできないことに思い悩んでいたり、彼氏である宇津木の接し方に不満を抱いたりしています。

そんな寧子の前に宇津木の元カノを名乗る女性が表れ、津奈木の家から出て行くように執拗に迫るのですが、寧子の強烈な性格や突飛な行動は物事をそう上手くは進めてくれません。

そして、自分がどうなりたいか、津奈木とどうしたいのかを見つめなおすことになります。



感想


主人公である寧子の投げやりな感情と行動が軽快な文章と合っていてテンポよく読み進められました。

軽快とは言っても、冒頭のテレビを見ているところから、エアコンが気になりだすところ、そして富嶽三十六景から人生を達観するところまで、細かい描写とは反対にスラスラと次から次へと展開されていく文章がとても強く印象に残っています。

ただ、その軽快な文章があまりにも印象に残ることと、寧子がときに奇抜な考えや行動を見せることから、読み進めていると寧子が鬱状態であることを忘れ、躁状態なのではないかと思えてしまいます(終盤には寧子自身が鬱が終わったと発言している場面がありますが)。

これは鬱状態の登場人物を暗い文体で書いてもおもしろくないということでしょうか。

それとも文章を主人公の状態とあえて逆にすることで主人公への過度な感情移入を防ぎ、客観的に見やすくするためでしょうか。

ここらへんは読み手にとっていろいろな捉え方がありそうです。


寧子は自身で「メンヘル」と言っていますが、自殺願望や希死念慮があるようには見えず、ただ単に承認欲求を隠せない性格なんだと思います。

そして、それを隠せない寧子と津奈木の会話はどんどんおかしなほうに向かい、どんどん寧子のイライラが募り、そして、さらに悪い方向へと進みます。

その結果、単に自分のことを認めて欲しかったはずの相手からすると、相手の承認欲求を否定されてしまう形となってしまいます。

それがよくないことであることを寧子はちゃんと理解しているけど、かといって自分が我慢するのもよくないことであること、それが抑えられないどうしようもないものであることもまた受け入れています。

この点は寧子の気持ちが明確に描写されているため、とても共感できます。

そして、そんな寧子のそばにいる津奈木の行動については、より一層共感できました。


作品の中で登場人物が成長する場合、周囲の環境の変化やそこでの新しい人との関わりにより、既存の価値観や考え方が変わって成長していくケースが多いと思います。

しかし、この作品はそんな物事がトントンといい方向に進んでいく自己成長の物語ではなく、あくまで根底にある価値観、生き方は変えられない中での自己形成の話であることが魅力だと思っています。

そして、タイトルに含まれている“愛”について、寧子のやり切れない、変えられない性格があるからこそ、寧子が見つけた“愛”の形がより魅力的となり、読後感が少し切なくなる話になっていると思います。



「あんたが別れたかったら別れてもいいけど、あたしはさ、あたしとは別れられないんだよね一生。
(略)
いいなあ津奈木。あたしと別れられて、いいなあ」


「振り回すから。お願いだから楽しないでよ。最後なんだ」




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